「社長がいないと話が進まない」
「重要な顧客のことは、社長に聞かないと分からない」
「社員に任せたいが、まだ任せられる人がいない」
中小企業の支援現場では、このような悩みを何度も耳にします。
社長依存という言葉からは、社長が仕事を抱え込みすぎている状態を想像しがちです。しかし、本当の問題は仕事量だけではありません。
顧客情報、判断基準、関係性、技術、トラブルへの対応方法など、会社を動かすために必要なものが社長の中に集中していることが問題です。
社長が営業し、社長が顧客の要望を理解し、社長が判断し、社長が最後に問題を解決する。この状態では、社員がどれだけ忙しく働いても、組織としての力は高まりません。
社長依存から抜け出すとは、社長の代わりができる一人をつくることではありません。
社長が持っている顧客理解と判断力を組織へ移し、複数の人が会社の未来を考えられる状態をつくることです。
社長依存の会社では、顧客情報も社長に集まる
ある会社では、社長が主要顧客との関係を一手に引き受けていました。
顧客の性格、過去の経緯、価格への考え方、社内事情、次に必要になりそうな提案まで、社長はすべて理解しています。
社員は社長の指示を受け、見積もりを作り、現場を動かします。業務は回っていますが、顧客から「なぜこの提案なのか」と聞かれると、社長に確認しなければ答えられません。
社長から見れば、「長く担当しているのだから、もっと顧客のことを考えてほしい」と感じます。
一方、社員から見れば、「社長が顧客との話をすべて決めてしまうので、自分が入り込む余地がない」と感じています。
社長が顧客を守ろうとするほど、社員は顧客から遠ざかる。
ここに、社長依存が生まれる一つの原因があります。
顧客を一番知っている存在になる
社長依存から抜け出すためには、社員に仕事を覚えさせるだけでは足りません。社員自身が、顧客を理解する必要があります。
顧客を知るとは、名前や売上金額を覚えることではありません。
- 顧客は何に困っているのか
- なぜ自社を選んでいるのか
- 何を期待し、何に不満を感じているのか
- 顧客の業界や会社に、これから何が起きるのか
- 自社はどのような価値を提供できるのか
ここまで考えて初めて、顧客を知っていると言えます。
ただし、「社員も顧客を理解しなければならない」と伝えるだけでは変わりません。
社長が持っている情報を会議で共有し、社員を顧客との対話に同席させ、提案前には「この顧客は本当は何を求めているのか」を一緒に考える必要があります。
重要なのは、社長だけが顧客を一番知っている会社から、会社全体が顧客を一番知っている状態へ変わることです。
顧客理解が組織に広がれば、社員は指示された作業を行うだけの人ではなく、顧客に価値を提案できる人へ変わります。
社員の「判断する機会」を潰していないか
社員を育てたいと考える社長ほど、丁寧に答えを教えようとします。
「この場合は、こう対応した方がいい」
「その顧客には、この言い方では伝わらない」
「今回は利益より関係性を優先しよう」
どれも正しい助言です。
しかし、社員が考える前に答えを伝え続けると、社員は判断する機会を失います。
社員が相談に来たとき、社長が最初に答えを出してしまえば、相談は単なる確認作業になります。社員は「何が正しいか」を社長に聞き、自分で仮説を立てなくなります。
私自身、支援現場で結論を急いでしまい、相手が考える前に整理や解決策を示してしまうことがあります。
その場では話が早く進みます。しかし、相手の中に判断基準が残らなければ、同じような問題が起きたときに、また私や社長の答えが必要になります。
社員に判断してもらうためには、答えではなく問いを渡します。
「顧客は何を求めていると思うか」
「今回、何を優先するべきか」
「考えられる選択肢は何か」
「それぞれのリスクは何か」
「あなたなら、どう判断するか」
すぐに答えを出さず、社員の考えを聞く。
判断が間違っていたとしても、その理由を一緒に振り返る。
この繰り返しが、社員の判断力を育てます。
技術だけでは幹部は育たない
中小企業では、技術力が高く、仕事ができる社員を幹部にすることがよくあります。
現場に詳しい。顧客からも信頼されている。難しい仕事も任せられる。だから管理職や幹部にする。
しかし、技術力が高いことと、幹部として組織を動かせることは別の能力です。
技術者は、自分が正しく仕事を完成させることが求められます。
幹部には、自分以外の人を通して成果を出すことが求められます。
自分でやれば早い場面でも、人に任せる。部下が迷っているときも、すぐに答えを教えずに考えさせる。自部門だけではなく、会社全体の利益から判断する。
ここには、役割の大きな転換があります。
ところが、会社が「今日から幹部だから」と役職だけを与え、必要な役割や判断基準を伝えていないケースは少なくありません。
本人も、何を変えればよいか分からないまま、プレイヤーの延長で働き続けます。
幹部を育てるには、技術研修だけでは不十分です。
会社がどこを目指しているのか。幹部に何を期待しているのか。どこまで判断してよいのか。部下をどのように育てるのか。
こうした経営と組織に関する対話が必要です。
社長依存から抜け出す3つの実践
1.社長が持っている顧客情報を書き出す
主要顧客ごとに、関係性、課題、期待、過去の経緯、今後の可能性を書き出します。
情報を顧客台帳にまとめるだけでなく、「なぜこの顧客を大切にしているのか」という社長の考えまで共有します。
2.会議で社員に先に判断してもらう
報告を受けた社長がすぐに結論を出すのではなく、担当者に仮説と選択肢を話してもらいます。
社長は最後に判断するのではなく、判断の質を高めるための問いを投げかけます。
3.幹部の役割を言葉にする
「現場で一番仕事ができる人」ではなく、「会社全体を見て、人を通して成果を出す人」と定義します。
役割、権限、成果基準を明確にし、本人がその役割を望んでいるかも確認します。
締め
中小企業が社長依存から抜け出せないのは、社員の能力が低いからではありません。
顧客情報が社長に集中し、社員が判断する機会を失い、技術者から幹部へ役割を変える支援ができていないことが原因です。
社長依存から抜け出すとは、社長が会社から離れることではありません。
社長が持っている顧客理解や判断基準を組織へ渡し、社員や幹部が自分で考えられる環境をつくることです。
社長が答えを出す会社から、社員が顧客を見て考える会社へ。
社長一人が顧客を知る会社から、組織全体が顧客を一番知っている会社へ。
そのための第一歩は、社員から相談を受けたときに、答えを伝える前に「あなたはどう考えている?」と聞くことです。


